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福岡高等裁判所 昭和35年(ナ)1号 判決 1960年9月30日

原告 酒井菊夫

訴訟代理人 松岡益人

被告 大分県選挙管理委員会 代表者委員長 加藤虎之亟

主文

原告の本件裁決の取消及び当選人確認の請求を棄却する。

原告のその余の請求については訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三四年九月二八日執行の大分県杵築市議会議員選挙の当選の効力に関する原告の訴願について被告が同年一二月二五日なした裁決を取消す。原告が右選挙の当選人であることを確認する。被告は原告が当選人であることに伴う所要の手続をしなければならない。訴訟費用は被告の負担とする」という判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

(一)  原告は昭和三四年九月二八日執行の大分県杵築市議会議員選挙(以下本件選挙という)に立候補し、有効投票四四〇票を獲得した。同選挙における最下位当選人の得票数は二七九票である。従つて原告は当然当選人でなければならない。しかるに選挙会は原告が杵築市に住所を有せず被選挙権がないものと認定し、原告の当選を失はせた。

(二)  しかし、原告は昭和二五年頃から大分県速見郡日出町二、六七三番地に居住していたけれども、昭和三四年六月一三日杵築市大字片野九九四番地に住所を移転し、同日同市において住民登録をなし、同市から国民健康保険被保険者証及び主要食糧購入通帳の交付を受け、同市の市民として税金も負担している。それ故原告は本件選挙について被選挙権を有するものであつて、選挙会の前記決定は違法である。

(三)  よつて原告は昭和三四年一〇月中法定の期間内に杵築市選挙管理委員会に対し本件選挙の当選の効力に関する異議の申立をしたところ、同委員会は同月一四日異議を棄却する旨の決定をしたので、原告はさらに同月二〇日被告に対し訴願の申立をしたが、被告は同年一二月二五日訴願を棄却する旨の裁決をなし、翌二六日その裁決書を原告に交付した。

(四)  しかし右裁決は不当であるから、該裁決の取消及び原告が当選人であることの確認並びに原告が当選人であることに伴う所要の手続を被告に請求するものである。

被告代表者は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」という判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

(一)  原告主張の(一)の事実中、原告の投票が有効投票であつて原告が当選人であるという点を除くその余の事実、同(二)の事実中、原告が昭和二五年(八月一〇日)以来大分県速見郡日出町二、六七三番地に居住していたが、昭和三四年六月一三日杵築市大字片野九九四番地に転入手続をした事実及び同(三)の事実は認めるが、その余の原告主張の事実は否認する。

(二)  原告が杵築市に転入手続をしたのは、単に本件選挙に立候補し選挙運動をするためのものであつて、住所を移転したものではない。右転入手続後も、原告の妻子は依然として日出町に居住し、原告の営業も従前どおりであつて、原告の生活上の本拠に移動はない。ただ昭和三四年八月半頃から選挙運動のため原告の杵築市に滞在する時間が多くなつたに過ぎない。従つて原告の住所は依然として日出町であつて杵築市ではないから、被告の本件裁決は正当であり、原告の本訴請求は理由がない。

証拠として、

原告訴訟代理人は、甲第一ないし第四号証を提出し、証人酒井菊太郎、植木文蔵、猪熊信行、木元要平及び原告本人の尋問を求め、乙第一号証中原告の署名捺印の成立のみを認めその他の部分の成立を否認し、爾余の乙号各証は不知と述べた。

被告代表者は、乙第一ないし第八号証、第九号証の一、二、第一〇ないし第一五号証を提出し、証人藤内晃の尋問を求め、甲号各証の成立を認めた。

なお原告訴訟代理人及び被告代表者は、証人酒井ヨカ、酒井スエノ、石和義照、上田寿一、宇留島一雄、阿部寿、矢野充男、青柳一夫、中野一太、鴨田漸、宇都宮郁哉及び鈴木文次の尋問を求めた。

理由

原告主張の(三)の事実は当事者間に争がない。

原告が昭和三四年九月二八日執行の本件選挙に立候補し、最下位当選人の得票数をはるかに上廻る投票を得たけれども、選挙会が原告は杵築市に住所を有せず被選挙権がないものと認め原告の当選を失はせたこと並びに原告が本件選挙前昭和三四年六月一三日大分県速見郡日出町二、六七三番地から杵築市大字片野九九四番地に転入の手続をしたことも当事者間に争のないところである。

およそ法令上の住所の意義は、当該法令に特段の根拠がない限り、民法上の住所と同様各人の生活の本拠を指すものと解すべきである。公職挙法上の住所についても同法及びその附属法令にはこれを別異に解すべき特段の規定がないから、民法上の住所と同意義に解するのが相当である。従つてその住所の判定は、その人の生活の全般を観察してこれをなすべきものであつて、選挙権又は被選挙権の行使その他生活の或る一面に着眼した偏向的観察によるべきものではない。本訴の争点は原告が本件選挙の期日まで引続き三箇月以来杵築市の区域内に住所を有していたかどうかの一点である。そこでこの点について検討するに、証人酒井スヱノ、酒井ヨカ、酒井菊太郎の各証言の一部、証人宇留島一雄、石和義照、阿部寿、矢野充男、青柳一夫、鈴木文次、中野一太の各証言及び本人尋問における原告本人の供述の一部を綜合すると次の事実を認めることができる。

原告は昭和二五年八月大分県速見郡日出町二、六七三番地に住所を定め、爾来妻子とともに同所に居住し、一時鮮魚及び杵築市の海岸で採取する砂利の販売をしたことがあつたほか、自己の独立した生業も資産もなく、日出町と同町から自動車で約三〇分の距離にある杵築市との間をたえず往来し、同市大字片野に居住する父酒井菊太郎の経営にかかる漁業及び友人堀内重利が同市で経営している会社の事業の手伝いをなし、これらの手伝いによる報酬と父の臨時の補助によつて生計を維持していたので、平素杵築市に滞在し父宅に宿泊することも多かつた。ところが杵築市は自己の郷里であつて親戚知己も多いところから、本件選挙に立候補しようと決心し、その立候補の必要上昭和三四年六月一三日日出町の住所から杵築市大字片野九九四番地に単身転入の手続をなし、同市において住民登録をした。そして右転入手続の前後頃から原告の杵築市に滞在し父宅に宿泊する日数は多くなつたが、それは主として立候補準備及び選挙運動のためであつて、本件選挙の期日まで殆んど職業には従事せず、家財は全部日出町に置き、ただ多少の更衣用の衣類を父宅に持込んだだけで、他にその生活上格別の変化はなく、妻子は引続き現在まで日出町に居住し、選挙の期日後も他人の前記事業の手伝い以外に生業がない。

以上認定の事実関係のもとにおいては、原告の住所は本件選挙の期日まで引続き日出町にあつて、杵築市の区域内にはなかつたものと認めるのが相当である。

成立に争のない甲第一、二号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は前記転入手続当時杵築市において国民健康保険被保険者証及び消費世帯用主要食糧購入通帳の交付を受け、その後数回主要食糧の配給を受けたことが認められる。しかしこれらの事実によつて原告の住所が杵築市にあると即断することはできない。又証人酒井菊太郎の証言及び原告本人尋問の結果によると、原告は父の所有する日出町所在の宅地及び建物について、前記転入手続前昭和三四年六月八日堀内重利に対し贈与名義をもつて所有権移転登記をしたことが認められる。しかしそれは住所移転のため財産を処分したものではなく、又財産を処分したため住所移転の必要を生じたものでないことも、これらの証拠によつて明らかであるから、右事実は住所の認定に関係がない。証人酒井スヱノの証言及びこれによつて成立を認め得る乙第四号証、証人酒井ヨカ、酒井菊太郎、木元要平の各証言、原告本人の供述及びこれによつて成立を認め得る乙第一号証中、前叙の認定に反する部分は採用することができない。そして爾余の本件証拠によつては該認定をくつがえすにたらない。

そおすると、原告は本件選挙の期日まで引続き日出町に居住し、杵築市の区域内には住所を有しなかつたのであるから、選挙会が原告に被選挙権がないものと認めその当選を失はせる決定をしたのは正当であつて、その決定を支持し原告の訴願を棄却した被告の本件裁決はもとより相当である。従つて原告の本訴請求中、本件裁決の取消並びに原告が当選人であることすなわち原告の当選が有効であることの確認を求める部分は、いずれもその理由がないからこれを棄却しなければならない。原告が当選人であることに伴う所要の手続を求める部分は、その請求の内容が必ずしも明確でないのみならず、元来特定候補者の当選の有効なことを確認する判決が確定すれば、その判決は該事件について関係行政庁を拘束するから、当該選挙会又は選挙長もしくは市町村選挙管理委員会は、当然その者を当選人として遇するに必要な法令上の措置をそれぞれとるはずであつて、このような措置を訴求する法律上の利益がない。従つてこの点の請求については訴を不適法として却下すべきものである。

よつて民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹下利之右衛門 裁判官 小西信三 裁判官 岩永金次郎)

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